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若狭 熊川城跡①

ディーさん撮影
こんばんわ
ソバッソです。

9月の実地指導が終わり気が抜けたのか、全く筋トレをやる気にならず3週間が経過。
そろそろ脇腹にたるみが出てきたように思えたので久々に筋トレ。
交感神経ビンビンで眠気がこないので、ブログ記事を書くことにしました。

H30.9/16に登りました、若狭熊川宿の裏山にあります熊川城跡です。


この写真、安全運転の神様と崇め奉られています我らが下道モンスター改め、デーモン魔王閣下の車でございます。
横浜から出発し、南は九州、北は青森と、どこに行くにも自家用車、その大半を下道で行くというバケモノのクルマなのです。
どんなイカツイ車乗ってんねんって思ってましたが、なんてことない。かわいらしい5ナンバーですわ。
しかしこの車の後ろを追走すると、なぜかタイヤの焦げたニオイが漂う。。。
僕たちの推測では、普通の道でもドリフトしてるんやと思います。せやないと、あんな焦げたニオイせーへんで。。。

そんなこんなで敬意を込めて、リアに指で落書き
それを撮影したディーさんが、若干反射して映っていますね。
ワルガキばっかり集まるんだから。
ディーさん、写真提供ありがとう。



①登り口の白石神社@熊川城跡
と、一行は車を二台にまとめ
(魔王の5ナンバーは置いていったの。あの落書き、気付いたの帰りの道中で愛知県辺りだったそうな。ちなみにまだ残ってるらしい、9/20現在)
熊川宿を目指しました。

福井県の若狭と小浜を結ぶ若狭街道、ひいては京都へつながる鯖街道に延長する物流の超重要拠点なんです。
宿場町っていいですねぇ
徳島から来たディーさんは、もの珍しいのか、宿場町の雰囲気を楽しんでらしたね。

さていよいよ登城口です。
白石神社の裏山がもはや切岸のような壮絶なガケ感が出ており、「おぉ、もう遺構じゃん」って思っちゃうくらい迫力ありました。
とりあえず登りましょう、階段、メチャクチャ滑ります。お気をつけて。



②もうガケ感出てる@熊川城跡
ね、奥のガケもたぶんそうやと思う。
とまぁ、こんな感じのイカツイ城跡ですわ。

そこに今回は、初めて嫡男を背負子して登ろうっていう挑戦をしてみました。
結果、無事に下山出来ましたが、ホント僕一人やったら落ちてましたわ。
仲間の有難みを強く感じた旅でした。



転載、複製禁止。縄張り図『若狭かみなかの中世城館と石造遺物』(1979)上中町教育委員会@熊川城跡
さて縄張り図です。
若狭町歴史文化課さんから頂戴しました。若狭町さんありがとうございます。ちゃんと現地にお金落として行きましたよ。
複製、転載禁止でお願いします。

見て頂くとお分かりかと思いますが、縄張りは至って単純です。尾根を段郭で防御して、搦手は三段に堀切って防御ですわ。
ただねぇ、中世城郭、単純やけど高低差を出せる所って、結構固いんすよね。

ではさっそく遺構の紹介をしていきましょう。



③登城開始@熊川城跡
まず白川神社の左奥から侵入開始。



④倒木に行く手を阻まれる@熊川城跡
登り始めると、一瞬で気付きます。
あ、ココ、ヤバイやつやん
険しいやつやん

いいえ
これが廃城の醍醐味
使われなくなった城郭が時を経て荒廃し、それでもなお500年も昔の痕跡を残してくれている、この荒廃感がたまらんのです。


しかしこの倒木はいかがなもんかね。
いきなり迂回を余儀なくされます。



ディーさん撮影、登城道
ディーさんから頂きました。
今回は嫡男を背負子していたので、じつはあまり写真を撮れなかったんです。
ディーさんありがとう。

センセと魔王が登っています。
魔王いわく「死を覚悟した」という斜面
改めて見ると、結構な傾斜と薄い足場やったんですね。


そーいえば、今回、ディーさんとあんまりしゃべってないな。
ディーさんまた11月に。



⑤最初の竪堀遺構@熊川城跡
さて頑張ってあの薄い足場を乗り切ると、最初の遺構の連続竪堀が出現します。
センセが写ってますが暗い。

採光調整出来なかったな。。。

縄張り図の一番下にある竪堀3本がココですわ。
竪堀を登り城域に取り付きます。



⑥竪堀の中から切岸を見上げる@熊川城跡
竪堀から見上げた切岸
絶望感たっぷり

ココに登れないっすよ。



⑦切岸に到達@熊川城跡
という事で迂回
何度か折れて切岸に登りました。



⑧登ってくるみんなを待つ@熊川城跡
センセの先ほどの画像はココから撮ったんやな。
人がいないとホンマ崖やな

えっ
僕ら、こんな斜面を歩いてきたんやな。
ちょっと引きます。



⑨段郭群に到達@熊川城跡
さ、ここからは段郭がズラリ続きます。



⑩実父&うえぽん@熊川城跡
この折れを登ればもう防御壁だらけ。



⑪奥に進めば、竪堀から見た切岸@熊川城跡
段郭の先端部ですね
奥が竪堀から見上げた場所ですわ



⑫のり面はガケ@熊川城跡
のり面も崖



⑬竪堀を見下ろす@熊川城跡
竪堀を見下ろしています。

蚊がヒドくて長居はできませんでした。



⑭登る@熊川城跡
登ります。

左側のコブも段郭
当時の攻め手も、こうやって迂回迂回で時間取らされたんでしょうね。



⑮虎口なのかな?@熊川城跡
ココは迫力ありました。
虎口なんやろうか?

右側には土塁跡なのか、自然に道の部分が削れてできた高まりなのか
こんな妄想をしながらダラダラと登っております。



⑯段郭がズラリ@熊川城跡
ワァオ
ココはすげえぞ
なめてた。

いい感じの段郭群が待ち構えているではないですか。
しかも奥には結構なサイズ感の切岸。

僕、ココ、好きっす。
カッチョいい。



⑰絶望的なサイズ感の切岸@熊川城跡
一番奥の切岸



⑱段郭を振り返る@熊川城跡
切岸から段郭を振り返ります。
伝わるかなぁ
このコブコブ感。
とにかく現地で見てください。



うえぽん撮影
うえぽんも画像提供してくれました。ありがとう。

こんな感じで登っていました。
背負子が僕。背われ子がウチの嫡男。
その左側に残像しているのがセンセ

今回の散策、嫡男に長ズボンをはかせるべきでした。
この城跡、というかどこにもいますが、ヒルが出ておりまして…とりあえず無事やったんですが、嫡男の安全対策を怠っていましたわ。ホント無事でよかった。申し訳ない事した。

次回以降(まだやるつもり)に活かします。



⑲絶望的な切岸を登る@熊川城跡
先ほどの切岸を登る。
なかなかの傾斜と高さ



⑳絶望的な倒木@熊川城跡
登り切ると倒木が阻みます。
台風、すごかったもんね。

と、①の記事はコレでお終い。
次の記事では主郭から搦手をご紹介




転載、複製禁止。縄張り図『若狭かみなかの中世城館と石造遺物』(1979)上中町教育委員会縄張り図2@熊川城跡
最後に別の縄張り図。

この城跡、主郭部からは滋賀方面しか監視が出来ないんだそう
そこで後ほど離れた場所に出城を造っていたんだと。
ココから小浜方面も監視ができるので、そういった使い方をしていたのでは、と資料に記載されていました。
ただ第二次大戦時、耕作地化したせいで遺構はあまり残っていないとか。

場所も今ひとつわからんけど、とりあえず情報として載せておきます。



記事書いていると眠たくなってきた。
副交感神経に入りましたな。

ではでは。
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プロフィール

ソバッソ店長

Author:ソバッソ店長
城跡に行きてえ。城下町に行きてえ、山城に行きてえ。。。
と、日々悶々と過ごしている30'sです。

京都市在住で聚楽第跡の上で生活(ていうても洛外ですがね…)しているので、「平安京→秀吉さんの作り上げた聚楽第→家康が完成させた現代の京都→現代に続く。。。」を日々通勤時やらフォレスターでのドライブやらチャリンコやらで、フラフラと動いております。

●城跡
●城推定地
●縄張り図
●城下町
●遠征先のメシ
○ときどきパン屋
などをアップしていきます。

皆さまの城めぐりライフの、良きお供になることが出来れば幸いです。

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