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讃岐 引田城跡②

本丸石垣

(この男は、城跡にコートで散策するってのがスゴイよな。これて600城以上行ってるってのもこれまたスゴイ)

あ、皆さま、こんばんわ

ついたわごとを書いてしまった。。。
本題に戻さないと。
というわけで、続100名城に選ばれた引田城跡の遺構をアップしていきます。

我々は①で紹介した登城口から入り、パンフレット画像の「③本丸の石垣」から城域にアクセス。


本丸石垣アップ


秀吉期の遺構なんでしょうね、古そうな石垣ですが算木積です。
パンフには引田城で初めて石垣が用いられたのが、本丸石垣なのだと記載。
石垣の年代って、「○○積やからこの時代やな」って断言出来ないのがコワイところです。エラそうに「この積み方ならこの時代だよ」って言うてるヤツがいたら知ったかぶり男です。
僕はそう決めつけています。


本丸景色


本丸からの眺望です。
城下を見下ろせて且つ港を監視できるいい場所です。
織豊後期になるので、石垣見せて
「オラ、俺らこんだけスゲー城作れるんやぞ、強いんやぞ」
って威圧して、戦意喪失絶対服従を狙ってたんでしょうかね。


南二ノ丸、一段下


南二ノ丸、一段下から石垣を撮影中。
この男、ワークマンで購入した2000円のダウンをまとい、片手にiPad、片手に縄張り図を持ち攻める攻める。
(今日、地下足袋を買おうか検討中とLINEきたわ)

織豊期の総石垣は高さがそこまでないので、一段下りて愛でる事が出来ます。
ちなみにこの後、同行者がここに集中、人口密度高くなりました。


大手門跡


崩れてますが、ここが大手門跡だそう。


大手門跡2


これまた大手門跡
南二ノ丸から一段下を歩いてくると、こんな感じの風景。
崩れてるので石材がゴロゴロってだけです。

●東かがわ市さんに問い合わせ
「廃城を歩く」さんに城跡記事が記載されていると。旧大手道を登るコースがそこに紹介されているので参考にして下さい。との事でした。
ご興味ある方は是非。


北二ノ丸石垣


そのまま一段下を散策。
北二ノ丸へ。
コレ、一番有名ですね。引田城跡といえばって石垣です。
ここが一番状態よく残ってると思います。石垣フェチの方はこちらへどうぞ。


北二ノ丸竪堀?


ネットで出回っている縄張り図には、竪堀有との表記があるので、あると思って散策した結果がコレです。
正直わからん。

●東かがわ市さんへ問合わせ(ホント丁寧にご返答下さりありがとうございます)
竪堀のような溝はあるが、正式に調査していないので竪堀なのか崩落跡なのか不明
との事。
続100名城に選ばれたので、きっと近日中に整備と調査が入る事でしょう。


北曲輪接続路


竪堀跡らしき場所から上の平坦地へ。
北曲輪への接続路。
城域へ入って初めて平坦地を見た気がする
だってそのはず、僕はずっと一段下を散策していたもの。
城郭は、どこに行っても端っこが楽しいんだよ。


北廓櫓台?


北曲輪
櫓台ですかね。これまた初めて土の防御設備っぽいモノ見たわ。
ここ岩盤が多いので、普請大変やったやろうな。
ってか、海側は崖やし設備作らなくてもいい。しかも四国平定後。
なのでそこまで強固な設備は不要だったのかも。


北廓端


北曲輪の端っこ
例外なく曲輪の端っこに降りられそうな場所があれば散策。一段下に小さい曲輪など平坦地と切岸セットがある事が多い。
でもココはハズレ。
階段が下までだらーっと続いています。多分もう一つの登城口かと。


櫓台?下から


多分、北曲輪の中にあった櫓台っぽいもの。
土の設備っぽいのは、正直ココだけ。
土エッセンスが欲しい僕にとっては、少々期待外れだった。。。

③へ続く。
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プロフィール

ソバッソ店長

Author:ソバッソ店長
城跡に行きてえ。城下町に行きてえ、山城に行きてえ。。。
と、日々悶々と過ごしている30'sです。

京都市在住で聚楽第跡の上で生活(ていうても洛外ですがね…)しているので、「平安京→秀吉さんの作り上げた聚楽第→家康が完成させた現代の京都→現代に続く。。。」を日々通勤時やらフォレスターでのドライブやらチャリンコやらで、フラフラと動いております。

●城跡
●城推定地
●縄張り図
●城下町
●遠征先のメシ
○ときどきパン屋
などをアップしていきます。

皆さまの城めぐりライフの、良きお供になることが出来れば幸いです。

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